どうせ飛べないカモメだね p39

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掛時計。函に納まったきりの犬。髪のぽってりした人形。ドイツみ
やげの偽マッチ。バリのトランプ。少しは活躍したファイトなすび
のサロン。アブラムシと殺虫剤の二重の襲撃でいまや見るも無残な
ミニローズ。そしてセルロイドの小函の雛人形、額入りヌード、指
人形の犬、茄子型の財布と五円玉の山。おれはおれにふさわしいが
らくたのなかにいる……
「ちょっと待って」とサトコの声。「あんた、ちょっと待ちなさい。
あなたをかばおうとしたんじゃないの。なにしてんの」
 佐々木にはサトコの姿が見えない。彼の顔面は久米の後頭部にめ
り込んでいる。足蹴の攻撃がやむ。
 男二人、こんどは横になったまま収拾がつかない。
 まるで熊に抱きついた牝犬だ。きゃん、きゃん…‥
 いや、犬ほど立派なものでもなさそうだ。
 きゃん、きゃん、ぐ……
 ゼンマイがきれる。
 ばりっ……
 吐き気がする。


 めずらしく早起きをしてぶらぶらと近所の公園へきた佐々木は、
 芝生がはえそろった台地をのぼっている途中、幹線道路にちかい
ところの橡の木の下で円陣を組んでいる集団をみる。台地の斜面を
まわりこんで立ちどまり、眺めていると、ひとりの男が木の根方に
たてかけてあった板をとりあげる。新聞を広げたよりも大きく、な
にやら文字らしきものが何行もつらねてある。円陣をひらき、板を
持った男にむかって放射状になった十二、三人の集団がいっせいに
声を放つ。男がかかげたものを朗唱しているらしい。日本語には聞
こえず、呪文めいている。政治がらみの集団か、宗教団体か、ある
いは……。男女が半々で、思いおもいの服装である。
 台地の斜面をひきかえして、集団を遠まきに、莟を持ちはじめた
つつじの植え込みのかたわらを歩いていく。朝日にほそながく伸び
たじぶんの影が、芝生の緑にさざなみをたてて移ろっていく。
 耳を撃つ異様な声にかれは立ちどまる。朗唱のなかからひとつ、
しゃがれた声が調子をはずして甲高くとどく。集団は台地の蔭にな
ってみえないが、かれは聞き耳をたてる。まぎれもなく汀子の声だ。