一撃なり
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 一撃なり


 鉈(*)は、はじめささやかな風であった。
 風は、思い切るように敷居をまたぐと、土間のなかほどで、たち
まち縄とともになわれた。怨念は、ないつがれ、框を越え、裏庭に
ぬけて納屋にはいり、ひとりの男を吊るすまでに至った。男は右に
左にゆっくりと揺れた。縄から、風のみが解きほぐされていたにち
がいない。揺れる部分を剥ぎおとすと、在るべきところに鉈はたし
かに残った。
 刃のかがやき、彼女のあの《白っぽいもの》の全体が、この一閃
光ではなかったか。
 男は納屋から母屋に引返して行った。かれは、いままさに人間の
姿をまっとうしている。
 握りしめたもののがんぜない重み――生れたばかりの小さめの赤
ん坊ほどの重み――が、かれの不浄な妻の脳天へと移し置かれた。
 ただの一撃だった。


  *刃渡り六寸五分、柄の長さ一尺五寸。先端に通称トビという
   突起がある。地面などにあたった際、刃がかけるのを防ぐた
   めである。