家族がそれぞれ射程距離内にいれば
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 家族がそれぞれ射程距離内にいれば



 かれも、ときには猟に出た。
 夕食前の無味乾燥なテーブルに、まだぬくもりのありそうな獲物
をどさりと置く、すると俄然、家じゅうが活気づく。かれは満足す
る、死臭がたちのぼるなか、やつらが射程距離にはいってくる!
 しかし、あれをはたして《猟》といえたろうか。たしかに銃の重
さは腕から肩へ緩慢な速度でながれ、肩をまろやかに、背ぼねへむ
けて横すべりに落ちるのだが、背にひろがりながら、銃としての実
感は希薄になり、銃とかれ自身との境界を曖昧にしてしまう。背か
ら腰へ、脚へ、そして爪先に至って、その重さは何のものともつか
ず、かれを大地に釘づけにしているのである。
 銃の眼に、はじめ幾本かの灌木が立ちはだかっては沈み、やがて
ゆらゆらとひとりの男がこちらに向って歩きはじめるのだ。
 かれは、あの種の倦怠を憎んだ。小動物のくせして、人間づらを
さげているのだ。かれは、近づいてくる者を憎みぬいた。(……あ
の擬態を、なぜ愛嬌といってはいけないのだろう、装うことで自ら
を敵にひきわたす無邪気さを、なぜ……)
 その直前の大気のまばゆさに、視界が引金に集約されるやいなや、
標的はその意味を引落し、羽根や尾、飛行や疾走、いっさいを投げ
だしてしまうのだ。かれはすくみあがる、いま生が地上一・五メー
トルの高さのなめし皮をつんざき、のどもとの小さな空洞をつらぬ
いて、そのままとある小枝にからみつく。かれは吊るされた、殺さ
れる者は、その一瞬をしか生き得なかったのだ。かれはぶるんとひ
と跳ねした。
 バスの中のかれは土のいろをしている。節ぶとの指で小鼻の脂汗
をぬぐうと、呑みこむ呼吸は海の味がする。だがここは、海からは
はるかに遠い野の道だ。