花の色を略す                              2008.04.06


ハナダイコン

 

「ダイコンの花」
竹林の中のおばあさんはそう答えて、わらった。「ガクメイは知らね」

ダイコンという野菜はあっても、おなじ名の草花はなさそうだ。
しらべてみれば、ハナダイコン。

「畑の大根の花は白」ともおばあさんはいった。
これもちょっとちがう。

うすいむらさきがまじる。
これも略して、「白」といったか。

色を略す。緑と青をいっしょにして「あお」といったりする。
黄色と橙色も、黄色でくくって通用させたりする。

だが、私たちの眼は、緑ひとつをとっても、さまざまな緑を見てとることができる。
これはすばらしい機能ではないか。
ひといろに見て、ぼんやりするのもいいし、きめ細かさに心を泳がせて楽しむのもいい。

しかし、ハナダイコンの紫を見ながら、
紫でない、ほかの色のことを考えるのは

できそうで、むずかしいようだ。

 

ハナダイコン


 

 

びわの毛皮            Sichi-Ri                   2008.01.24


花びらが落ち、びわの毛皮が残る。

いや、毛皮のなかでは、つぎの夏へ向けて、実りへのいとなみが絶えることはない。

ただ外気は冷たく、毛皮はいよいよ毛ぶかく、いのちを包む。

 

                                      


 

 

枯れ野にあり            Sichi-Ri          2008.01.15


森のほとりのユズは
実るにまかせ
落ちるにまかせ
ふたつみっつ、ひろって
くたびれたコートのポケットにしのばせ

わたしのふるまいに
森がさざめき
やせた白い花が
こつぶの赤い実が
しんとした冷たい空気をやぶって
かがやきはじめる

わたしは ちいさなけもののように
おののき
ふるえ
枯れ草のふりをする

  

 

 

 

 


 

房総の赤と黒            Sichi-Ri                 2007.05


 

県境の橋をわたると、森の顔つきがかわる。

のっぺりとした表情から、彫りの深い表情に。

したしみやすく、誘惑的ですらある森が前方にみえてくる。

 

わが町から、東へ、海まで五十キロ走ってもほとんど標高差ゼロの道のりだが、同じ関東平野で、南へ直線距離にして十キロほど走れば、おおぶりな坂道をうねっていく異国であり、ライダーのわたしは異邦の旅人になる。

 

  

 

房総風土記の丘

黒いサクランボはきいたことがあるけれど、それが赤い実といっしょに同じ木になるものなのかどうか。

赤い実は、やがて、黒へとかわるのだろうか。

直径十ミリほどの固い実からは、そうした兆しはうかがえなかったけれど。

      

資料館のひとにたずねてみればよかった、とあとになっておもった。

受付のひとと、話はしたのだ。サクランボの話ではなく、館の前庭に栽培されているホトトギスについて。

 

メタセコイヤの木の下で、そこから落ちるしずくが、ホトトギスによからぬ影響を与えているのではないか、とそのひとはいう。

 

さらに、ここでは自生しているのがほかにあって、そのひとも、ことしこそ、その花をみたい、という。

 

ことしは、だから、龍ケ崎と、もしかすると成田市でも、自生のホトトギスがみられるかもしれない。