暖房の効いた地獄が始まる
/

ばらがお

 凍てついた大気と皮膚いちまいでつながっていた、
ともに凍てついた花びらの赤が、地平線から這いあ
がったばかりの陽の光を受けてぬくもり、ゆるんで、
花びらのへりにかすかなしわが刻まれる、ひそんで
いた微細ないのちのシミのようなものが九本の脚す
べてをこわばらせ、さらに微細な点として薔薇の褶
曲のうちへおちこんでいく、そうして生を終えた。

 霜が融ける気配に植物群の地下のぜんまいが伸び
縮みをくりかえし、ときどき骨折の音をさせながら
ゆっくりと地上へ脈動電波を送る、樹脂のごとくふ
くらみかけた霜のしずくを葉末からひきずりおろす。

 風が起こるきっかけもないおだやかな律動にまき
こまれながら花びら一枚、寒気の階段を昇っていく、
スケーターのせなかのようにまるまって、あるいは
そりかえり、冷たく汗ばんでみずからの赤に酔い、
灰色の霧を吐く、赤はいっそう赤らしく、糖類を煮
込む香りを添えて一・五メートルの人類の高さに浮
かぶ、もう若くはない男の疲れた目を充血させる。
 お肉を食べて瞬発力をつけることね、おしべめし
べをすりぬけてやさしげな声がする、幸福か降伏か
どちらでもおなじこと、かなうことならレジリンを、
そしてハエトリグモが跳ねるように開花へとみちび
かれたい、すでに大地に残すべきものはなにもない、
ねじまげられた小さな鉄がかちとふれあう音を薔薇
も聴いて新しい世界のうちに生まれ変わったことを
知る。
 暖房の効いた地獄が始まる。