川の牙

この川は毛皮を乾かすひまもない ずぶぬれのけものなのだろう みずからの屠殺の夢をみ 蛇行の意味をなめて流れるのだろう 血を血で洗うような夕焼けが 一頭まるごとおちてくる日は 黄金の血を流して応える凄惨もあり いくつもの橋のよろいを脱いで オレンジマーマレードのような黄色い部分を つまみ食いする道化もある 背びれを水面にのぞかせて悠々と泳ぐ魚も 老骨をむち打って棹をつきたてる 川漁師も 川に飼われているのであり 酔った男が岸辺でつまずき 水死体となるまでのプロセスもまた 川はすでに読み込みずみだ 街の夜景の窓の明かりをついばみながら 川は練り歩き 雨音をつたえつづける星をあおいで ときに甲高い声で哭く このけものの傍らに立って ひとはもう どなったりしない おだやかにおのれを律してたたずむよりほかに どんな人生もないと知る 川はそうしてゆっくりと身をかがめ たたずむひとをかかえあげ 木のかおりも新しい舟に乗せて そらへ解き放つだろう