プールサイド


 とびこみなさい、と声がした。 
 とびこみなさい、ともう一度。 
 いままさにとびこもうとしているときに、正面からの声だった。
正面は金網のフェンスと、そのむこうは赤松の林。気持はなえた
が、ホイッスルが鳴らされようとしていた。 

 プールサイドは透明な青い炎に灼かれ、コンクリートが足うら
に熱かった。クラスメートのなかには大げさに飛び跳ねるものも
いて、ほんとうに飛び跳ねたい気分にさせるうれしい熱さだった。
右足の指のうらに、関節にかくれるようについているほくろも銀
色に光ってしまうような。そしてこの夏が、去年の夏とどこでつ
ながっているのか、なつかしかった。 

 うたは大地から吸いあげるものだとおしえられているけれど、
そうしてからだを満たしつつあるうたが、いま、足うらから大地
へうばい返されていく。メロディーも言葉もない、からっぽのか
らだになって、プールサイドに立ちつくしている。そのくせ肌は
張りつめている。ことしの夏にまだなじんでいない肌は、なじむ
準備のために張りつめている。彼女にはそれも心地よかったのに。
とびこみなさいともう一度。 

 松林から蝉の声がきこえていた。グランドでは野球部の生徒の
声が、暑さに溶けたキャンディみたいにねばついてきこえた。と
きどき風にまきあげられた赤土が踊った。赤土がけむるなかをう
すぎたない男がやってきて、男子にいかがわしいことをさせたと
いううわさが、いまも林のなかのちいさな池のほとりをめぐって
いるらしかった。 

 とびこみなさい、と声がした。 
 赤いケーブルカーが運んでくれた頂上駅から十五分ばかり歩い
た、崖っぷちにいた。友人の顔が蒼ざめていた。踏切で声がきこ
えた、と言う。踏切をわたる気にならなかった。わたりきらずに、
線路にうずくまってしまう気がした。友人は登校せず、家へひき
かえした。