いっぴきのスズキも一棟のコンクリート・ビルも 毒にまみれれば同じこと

坂の上の魚屋



スズカケの並木の坂を登っていくと
てっぺんに昔ながらの商店があって
もとは魚屋だが出前のすしなんかを生業にしている
照明もないような いつだって
営業しているのか休みなのかわからない暗い店で
店内を覗けば棚に缶詰なんかが並んでいる
魚屋すし屋になんでだか
カニ缶 鮭缶 それから虹の缶詰
…といってしまうとウソっぱちで
いまきた坂道を下って
また出直そうという気にはとうていなれない
たびたび来るような場所ではないのだ
なのに文学だの詩だのをしっかり拒絶して
それからふたたび家を出てくる
用心深くても危険は同じ
スズカケの並木の坂を登っていくと
てっぺんに魚屋はなくて
二階建ての瀟洒なマンションが建っている
もと魚屋がそんなに大きかったわけではなく
魚屋のまわりの森が切り拓かれて
魚屋の建物があったあたりは駐車場になっている
いっぴきのスズキも一棟のコンクリート・ビルも
毒にまみれれば同じこと
マンションの十四ある部屋のうち住人がいるのは二部屋
丘の上だからどの部屋を選んでもさぞかし眺めがいいだろう
とおもうのは早計で
丘にも竹林だの神社の森だの建物もあって
そう眺望がきくわけではない
田んぼや もっと向こうの丘が
四季折々の風情をふるまったとしても
じゅうぶんに満喫できるとはいいがたい
丘に登るよりも田んぼのあぜ道にでも突っ立ったほうが
見通しはきくし空の広がりについても同じことがいえるのだが
どのみち風情はすでに死んだのであり ついでにいえば
あぜ道には不届きなやつが捨てた虹の缶詰の空き缶がころがって
ちびた草むらのあいだで地下の虹みたいに光っている