水溶性のひとが階段を  

 



流れる壁、流れの壁、落ちる滝の壁だ。流れに逆らうように
しつらえられた階段を水溶性のひとが昇り、くだり、愛想も
なく交じり合って、またそれぞれが別人として上と下へわか
れていく。

窓が目の高さにあるときがいつでも窓にもっとも接近したと
きであり、しかもなおへだたりがあって外をうかがうことは
できない。窓は明りとりにみえて、じつは楔のようなものを
通す穴ではないのか。不用意にのぞけば頭部がつらぬかれる
かもしれぬ。

階段の下は、かたちの一部からバスタブを連想するが、いか
にもそれらしく、腰をかけるもののように一辺が水中でタナ
になっているのが見てとれる。しかし深みをたどるほどに水
は際限なくひろがるけはいだ。

階段の下先端は水中に没し、水溶性のひとはそのまま湖の水
になる。ときに溶けきれない不純物が浮き、さらにはまるご
とひとの形をしているものもある。ここへ訪れるひとのだれ
もが、ほんのちょっと先のじぶんの未来を見ているようで心
をさざめかせる。

ベルトが波を打ちうごめいているのがみえるが、たぶんあれ
は水中にある何かを味わっているにちがいない。ベルトは長
い舌であり、味蕾が備わっていて(ひとは小腸にもすい臓に
も味わう能力をそなえているのだが)、口に合わないものを
含んだり舐めたりするのか、建物がときどきゆがみ、階段に
ねじれが生じる。つまり螺旋階段なら、ねじれてまっすぐに
なるという現象が起きる。ひとはつかみどころなく転落する。