西陽があたる台所の不幸

  出 火


だれかに呼ばれた気がするが
ガスコンロに火をつけたばかりで
ふりむけず
豚コマを中華鍋に投げ入れる
あぶらがいきおいよく燃えあがり
ごついお玉で殴り込みをかけ
(かのじょは左利き)
肉に火をくぐらせ
塩を散らし 胡椒を浴びせ
きざんだ野菜をぶちまけて
肉から熱をうばい 野菜じしんに
ざっくりと熱をまわす
さらに 塩 胡椒(右手)
お玉と鍋とをカチカチいわせ(両手)
大いに手荒く
火責め 酒にも乱れ
陽が暮れる しかし
下準備から仕上げまで
野菜炒めに時間をかけるべきではない
野菜群はたちまち痩せて
黒ずんでしなび
西陽があたる台所の不幸
雲の切れ間から夕陽がいきなり覗き
台所が世界でいちばん熱く
明るい場所になる
もうふりかえる力もない
呼ばれた名をつけて
利き腕の野菜炒めが燃える
鉄が低く唸るようなざわめきが
路地の向こうからあふれてくる