ある変質者について
学校に忍び込んで女の子の上履きを盗むという、変質者によるらしい事件は昔からあるが、ちかごろ、盗んだものをコピー機で複写するというやつが現れた。三十六歳の男だ。
上履きとは運動靴のようなものだろう。新聞の記事によれば、男はさらに上履きをボストンバッグに詰めて、午前十時半ごろコンビニエンスストアに持ち込み、次々とコピー機にかけた。
盗むという行為と、盗んだものをコピー機にかけるというふたつが、男の中でどんなふうにむすびつき、あるいは隔絶しているのか。
人目につくコンビニエンスストアで盗品をコピーする時点では、上履きから盗品という属性が失われ、もしくはその属性を上まわる付加価値が男のうちで生じていたか。
コピー機にかけるといえば平面的なもの、かさばっても本やノートの類といったものがまず頭に浮かぶけれど、立体物をコピー機のガラス面に載せるという神経には、いささかなりとも手をかけ工作するという意志がはたらくようにみえる。平面的なものがコピー機をくぐって同じく平面なものとして出てくるのと、立体的なものが平たいものにとってかわるというところには、モノの変容として薄味でない差異がある。おもな作業は機械がしてくれるけれど、後者には個人の意志がはたらいて改造され、創造の領域に入り込む気配がある。
盗品をコピー機にかけるのを創造というつもりはないが、この男の内側では創造に似た記録への固執のようなものがあったかどうか。
もしかすると、ふつう上履きなどには持ち主の名が書かれているから、それもいちいちコピー機にかけるポイントであったかもしれない。
もうひとつ、コピーはモノクロだったか、カラーだったか、新聞報道ではそこまで明らかにされていないが、そのちがいも男にとっては意味があったかもしれない。白黒のコピーではたぶん男子生徒のものとの差別化が困難になるかもしれないし…。
かれの変質者らしいプロセスによって平面化された上履きは、そのあと、どんなふうにあつかわれるはずだったのか。
「ピンナップ・ガール」だったか、そんなタイトルの翻訳ものの短編があって、グラビアアイドルみたいな仕事をしている女が男に殺され、死体を壁にくくりつけられるという、文字どおりピンナップにされてしまう話を思い出した。女生徒の上履きの絵を壁に貼り付けるのとは、犯罪の質がかけはなれているけれど、暗いところでうごめいているかれらがどこかで交錯する気がする。
コンビニの店員に通報され、男はあっさり窃盗容疑で警察に捕まった。
作家は自らの小説の中で念願を果たし、窃盗男はおそらく思いなかばで塀の中、いわば男自身がピンナップされたのである。
2009.6.5