メダカはさぞかし 真昼の花火と思うべな

アメリカンでメダカ


 釣り用のクーラーボックスと玉網を持って、メダカをすくいにいった。
 玉網は使い古したものだが、長い柄のついたままではバイクにくくりつけられないので、少し手を加え、柄を切って、網の部分と、柄と、継竿よろしくつなぎ式にした。
 つなぎの部分はしっかりしたものでなければならない。柄の太さに合いそうなものを、家のうちそと物色し、ガスを使いきったピストル型のライターをみつけた。火がつくところは筒状の鋼だから、その部分をはずして竹の棒だけになった柄の先に差し込むことにした。筒が少し太すぎる。筒をはずして、火のつく部分がついたプラスチックの芯を取り出した。これがうまくいった。7センチほどのものを半ばまで入れて、絶縁用のビニールテープを巻きつけた。これがオスになる。

 バイクを小道の片隅に止めて、田んぼ道へ這入っていった。畦道は雑草がはえ、固いようにみえてじつはふかふかしている。長靴がいいのだが、アメリカンスタイルのバイクに長靴というのでは格好がつかない、とかってにおもいこんでいるから、ひも付きのカジュアルシューズだ。足先がズブッともぐりそうなところもある。(その印象のせいか、その夜、泥に足がはまって抜けなくなるという夢をみた)
 しかしそんなバイクにまたがってメダカすくいというのは、はたしてかっこいいんだろうか。長靴は外見、メダカすくいは行為=メンタルなんて理屈っぽくいったところで、トータルではそうとう幼稚であることにはちがいない。

 田んぼの水が流れ込んでいる用水路は、ややにごって、細かな水草の葉が水面を覆っている。一抹の不安もあったのだが、メダカの群れがやっぱりいた。狙いをつけてすくうと、何十匹と網に入った。ただのひとすくいだ。クーラーボックスの水に網を浸して、小さいのは流れにもどした。十五ミリくらいのもいる。おなじ大きさに育ったのが群れておよいでいるのをみるのがふつうで、そんな小さいメダカをこれまでみたことがない。そういう出会いがなかったというのも不思議ではないか。あえてひそかに、人目を避けて大事に育てられ、メダカの学校に入るのはそれから、ということかもしれない。そうして小さいのを十匹ほど引いてもまだ三十匹はのこった。それでじゅうぶんだ。あっというまに目的は達せられた。

 かたわらを流れる小川の水は、悪臭を放つほど汚い。水田用の水は地下水をくみ上げているので、田んぼを巡ったあとでも用水路の水は澄んでいる。細い用水路から太い用水路へ入る。メダカの群れは太い用水路にいるのだが、ゆるい流れをみていると、ほかに魚がいるような気がしてくる。フナもドジョウもいるに違いないとおもえてくる。釣り針をおろせば、何かしらかかってくるだろう。一メートルくらいの幅の流れに釣り糸をたれる物好きはあまりいないけれど、やってみたい。けれども、立っていって深さを透かしてみると、もろくも期待は裏切られた。せいぜい十五センチくらいの深さしかない。ザリガニの小さいのが、尻尾を丸めてすばやく後ずさりする。底の泥もかすみがかかってようにやや不健康な色合いである。
 クーラーボックスをかかえてあぜ道を引き返すと、小さい用水路にも小魚の群れがいる。モロコあるいはモツゴのたぐいだろう。この付近の農家の人もこのことを知らないはずはない。
 ところが、たまに網を持って出かけていく近くの田んぼでは、田んぼの持ち主さえ、そこに生きものがいるとは知らない。田植えの季節がくれば地下水をくみ上げて用水路を滔々と水が流れる。しかし、季節が変われば、あるかなきかの水量が流れているにすぎない。
 そんなところだから、ザリガニぐらいしかいないとおもいこんでいる。モロコ、モツゴ、ドジョウはあたりまえで、ときにはコブナさえ捕まえられるのだ。どこから這入り込んでくるのか、ちょっとしたなぞだが、ともかく生きものがいて、その気になれば魚すくいができる。そして、その気になってときどき網とインスタントコーヒーの空き瓶なんかを持って出かけるのである。

 屋外で使用していた流し台を解体して、軒下の地面に据えつけ、水をためて魚用の水槽にしてある。玄関にある水槽を洗うさいは、ここへ魚を移動させる。また、ここには釣ってきた魚を一時的に入れておくこともある。
 そこへメダカを入れた。ここへ来るまでにバイクの後ろで水ごとぐらぐら揺さぶられてきたことですでに参っているうえに、ここへ来てさらに水質も環境も一変したのだから、かれらは面食らう。そこも壁もステンレスがむき出しで、線を押さえておくための石塊がでんと置いてあるだけだ。泳ぐことも忘れて茫然自失、てんでんばらばらの方向を向いてじっとしている。メダカのほうがよっぽど精神的だ。
 陽があたる場所だから水温の上がりすぎには気をつけなくてはいけない。梅の木の下あたりへ水槽を移動させたほうがいいかもしれない。
 近くのスーパーで〈メダカのえさ〉という名のメダカのエサを買ってきた。(メダカのえさ、なんて商品名を考えるひとはネーミングの天才だ、とおもってしまう。たしか、金魚のエサに「エンゼル」があったとおもう。鯉のエサが「スイミー」、熱帯魚のエサで「テトラミン」…元業者はそんなことを思い出している。  さて、「メダカのえさ」は、ふりかけみたいな容器に、ふりかけみたいな中身だ。
 微粒子が水面にぱっと広がる。
 メダカはさぞかし、
 ♪真昼の花火と思うべな、
 といったところだ。



2006.8.7