警備員の遠吠え 朝八時前、サイレンの音が重なり合うのを聴いて、家から外を見 た。東南の方向、高校がある丘の上あたりに太い煙が立ちのぼって いる。火事である。丘の向こう、街なからしい。電線や建物にさえ ぎられる中で写真を二枚、撮った。 どうせのことなら丘に登って写真を、とおもったのがケチのつき はじめだ。 こちらの丘の上も高校である。急傾斜の石の階段はとても一気に はのぼれない……はずであったが、たしかな目的があるとこうもち がうのかとわれながら驚きつつ足早に石段を踏んでいった。途中の 踊り場でも休まない。 階段を上りきって校門前の右横の雑草地は、これまで何度か町を 眺めたりするのに立ち入っていた。 ところがそこへ一歩立ち入ったところで、門の内側から進んでき たライトバンが警笛を鳴らす。こちらに向けての合図であることが わかって立ちどまると、警備員らしい制服を着た男が車から降りて きた。助手席から降りてきたとはそのとき考えなかった。すでに警 棒を手にし、かまえるかっこうである。 「なにをしてるんですか」といきなり怒声だ。 たしかに高校の敷地に違いないけれど、門の外から街を撮影する のにこんなふうにとがめだてされるとは思いもしなかった。 雑草を出て男とむきあった。 「侵入罪ですよ、県警を呼びますよ」とまくしたてる。 高校敷地内だから侵入罪はわかる。しかし「県警」は当方にとっ てまったくうすっぺらな印象で、報道で読んだり聴いたりすること はあっても、現実にひとが「県警」と口にするのを初めて聴くよう で、面映ゆく、滑稽味さえある。 ケイサツはヤダけど県警ならいいよといいたい気持がふっと起き た。男の背丈はあまり高くはないが筋肉質で頑丈そうである。警棒 でぶたれれば痛いだろうが、まさかキ印に刃物ということもないだ ろう。ヨッパライを相手にしているようなものだ。警棒をふるった り、携帯で「県警」に連絡するそぶりを見せたり、わあわあ言い続 けたりうるさい男だが、迫ってくるものがない。