映画になった作家の肉筆 ■映画『海炭市叙景』(かいたんしじょけい/佐藤泰志原作/熊切和嘉 監督/ジム・オルーク音楽)第23回東京国際映画祭(10月23日〜31日) のコンペティション部門出品作品 佐藤泰志の小説「海炭市叙景」映画化の話を、新聞の片隅の小さな広告 のなかに見つけてから一年余り経つ。そのときはもう撮影が始まっていた のかもしれない。 数日前、この映画が国際映画祭のコンペ部門、全15作品のうちにノミネ ートされていることを知った。* 佐藤泰志とのつきあいは特に濃いわけでもない。わたしは小雑誌の編集 発行人に過ぎず、佐藤の小説出版のPRにささやかながら手を貸したに過ぎ ない。ほんの短い期間の手紙のやりとりだけで、直接、会ってもいない。 上に掲げた写真は一九八九年四月末の手紙と同5月のハガキで、ここでは 三島由紀夫賞についてふれている。第2回三島賞候補になっていたのは「そ このみにて光り輝く」(河出書房新社)である。 それまでに芥川賞は、候補でおわること5回、そして三島賞も受賞にはい たらなかった。 翌九〇年十月十日、かれは自ら命を絶った。 それから二十年の歳月が流れている。 映画『海炭市叙景』の公式サイトを開くと、まず目に飛び込んできたのが <海炭市叙景>のタイトル文字だが、それは佐藤泰志の肉筆、ペン字である。 ペン字が映画の大画面に耐えられるだろうか、一抹の不安を感じながら、 そしてあまり期待もせず映画の予告編を覗けば、そこでもまた佐藤のクセ字 が画面に立ち上がった。 常套句だが、不遇の作家…といういわれ方に、釈然としない思いもある。 じゃあ優遇されたのか、と問われれば首をかしげざるを得ない。 ただ、わざわざ不遇なんていわなくてもいい、とわたしはつぶやいている。 不運ではあったが、かれは作家としての境遇を生き、読み継がれるべき作 品をこの世に遺した。そしていま映画という分野に君臨し、あらたな評価を 受けようとしている。 この幸運を、かれのために祝いたい。 *最高賞の「東京サクラグランプリ」を争う「コンペディション部門」では、 76の国・地域の八三二本の中から選ばれた十五本が上映される。(Yahooニ ュース) 2010.10.23