シロダモの若葉を摘みにゆく

 シロダモの若葉を摘みにゆく



 アオスジアゲハの幼虫が30匹近くになってしまったものだから、編集の
仕事も進捗ならずというのに、朝の食事もとらずいえの裏の丘にハシゴを
かけ、シロダモの若葉を摘みにいく。
 シロダモの若木に産みつけられたアゲハの卵は、さいしょ数えたときに
は20個ほどだったが、枝ごとガラスのビンなどに分けて観察しだし、孵化
し始めると、数えそこねたものがあったか、または最初のカウントのあと
にふたたびアゲハがやってきて卵を産みつけたものか、数がふえ、幼虫に
なるとさっそくエサや寝床になる新しいシロダモの若葉が必要になった。
 
 はなれの小屋の軒と丘の笹のあいだにコガネグモが巣を張り、アルミの
ハシゴを移動させるのもややこしく、ハシゴをたたんで慎重にクモの糸を
くぐる。
 クモの巣をとりはらわない。コガネグモの顔を写真に撮りたくて、もう
なんどかこころみているのだが、まだうまくいかない。
 クモは巣の真ん中にいるけれど、いつでも逆立ちのかっこうだから、ク
モの顔は陰になる。逆立ちでなければもう少しらくに撮れるはずだが、ク
モだってそうしなければ太陽がまぶしいだろうし、それでなくても八つも
眼があり、まぶしさひとしおにちがいない。
 巣を張るときはどうするのだろう。太陽に眼をやられないように、それ
なりに用心しているのだろうか。用心するにしてもさぞかし忙しいことだ
ろう、眼が八つもあっては。
 やや育ちすぎの感ある笹へかぶせるように、長く伸ばしたハシゴを立て
る。園芸用のはさみを片手にハシゴをのぼれば、逆立ちしているコガネグ
モと顔をぶつけそうになり、相手もただごとではないと悟ったか、ひとし
きり身じろぎ、巣を揺らす。しかし巣網の中での位置はそのまま、薄いオ
レンジ色の触肢をそろりそろりとなびかせて警戒している。
 ハシゴをさらにのぼりつつやつのおしりのあたりに眼をやれば、こいつ
の肛門はさらに鮮やかなオレンジ色だ。おしりは、花開く直前のツボミの
ようにしわしわでかしこまっている。
 ハシゴをのぼりきり、笹の深みに身をねじりこませていくおれ自身は、
なんという生きものか。こんな朝早くからいそいそとシロダモの若葉を採
りにいく、おのれの正体へのはかない疑問に心をゆらし、また別のクモの
巣に顔をつっこんだりしている…。

2008.7.16