トンボの歯ぎしりを聴いたかい
駐車場の周縁にくいが打たれ、太い針金がいっぽん張り巡らされている。
この針金がトンボの恰好の休息の場らしく…いや、トンボがそこに止ま
って、はたして休息しているのかどうか、そんなふうに見せかけて獲物の
飛来を待ち受けているのかもしれないが。
手なぐさみの写真撮影で針金の上のトンボを撮っていると、入れ替わり
にやってきたトンボがいて、そいつは口の部分を光らせている。なにかと
おもえば、小さな虫を口に含んでいて、獲物の透明な羽が午後の光を受け
て光っているのだ。
トンボがなにかの虫を追っかけるのを見ることはあっても、捕食してい
るさまを見ることはめったにない。(いちど、トンボがトンボを喰ってい
るのを目撃したことがある。喰っているトンボと喰われているトンボのあ
たまが同じ大きさでならぶのを見るのは、ちょっとおぞましい)
針金の上のそいつは、のんきにカメラを持ってかまえているやつのとこ
ろへわざわざやってきて、
「ほら見てくれ、いま、ご馳走にありついたんだ」
とばかりにムシャムシャやっているというわけだ。
じつにムシャムシャと口を動かすさまは、ヒトとそっくりで、無精ひげ
を生やしたおっさんが、喰い意地を…というかんじなのだ。
そしてあろうことか上唇をひらいて、喰っているものをわざわざ見せび
らかしたりする。
「おれの周りにそんなことをするやつはひとりもいねえよ」
ぺろりと舌まで見せてくれそうな。
いや、舌も歯もないはずだが、舌なめずりをして。
と、ヒトの目の前ですっかり獲物を嚥下して満足げな顔をくらくら振っ
ている。
いかにもヒトと似た喰いっぷりに、特に親近感がわくのでもなく、むし
ろ、おれもトンボと同じだ、とみずからを卑下するような心持になるのだ
が、ヒトと似ている、ということでは、トンボの歯ぎしりの音を聴いたと
いう話を知って、こちらのほうにもっと興味をもったのだ。
ブログの記事で、<ギリギリという物音を聴いて、もしやとおもったら、
トンボが歯ぎしりをしていた>とある。(「いしころとまとの花野果村」
2007年9月・宮城県)
たとえば、森で聴くウグイスの鳴き声は非常に大きく、「ホー、ホケキ
ョ」にうんざりすることがある。ラジオ、テレビで聴いているだけで、ホ
ンモノを聴いたことがなければ、
「スピーカーで鳴らしている」
と誤解するひともいるのではないか。
トンボはよく歯ぎしりをするのか、そしてそれはどれほどの大きさの音
なのか知りたいところだが(顔を近づけて歯ぎしりを確認したらしいが)
それにしてもそんな音が聴こえるほどの環境というのは、また、どんな静
寂なのかとおもう。
拙宅もうしろに小高い丘を控えて、わが身はほとんど森の住人のおもむ
きなのだが、この季節、日中のほうが静かで、夜間がうるさい。秋の虫の