雨氏の本は開かれたままだ
詩:七里
●まるめないでくれ

黒豆なんか
つんてんしゃん
栗きんとんなど
どんどこしょ
さあフライパンを熱くして
サラダ油はたっぷりと
うそ八百できたえた
おまえの舌ではないか
根こそぎ抜いて
じっくり炒めるがいい
スナック鉄槌のおやじも
検察官もいないからと
手を抜くな
真っ赤なうそをにがさぬように
フライ返しでおさえとけ
つんてんしゃん
ほらまたそこで
ひっくりかえすのだ
どんどこしょ
おれをまるめこんでも
舌はまるめないでくれ
そうそううそ八百のコクのある味を
じょうずに引き出してくれ
黒豆なんか
つんてんしゃん
栗きんとんなど
どんどこしょ
おまえ自身の舌であればこそ
心をこめて炒め
皿にのるよろこびを
噛みしめよ
おまえの肚に渦巻くよろこびが
おれを犯罪人に仕立てる力
となるのだから
色もほどよく香りもよし
だから おい 最後にひとつ
ぴかりと光るうそをつけ
●くずさないでくれ

ガスの火をとめて
コンロからフライパンをおろし
大皿へ移しかえたら
くずさないでくれ 皿のうえの屈託した姿勢を
くずさないでくれ
揚げは揚げ
わかめはわかめの味がした
あたりまえの日々をなつかしみながら
だが くずさないでくれ
頸を刎ね
背をひらいた者へ感謝しつつ
楷書のようにきちんとそろえた手足を
くずさないでくれ
タルタルソースのような脳味噌を
したたらせているからといって
弱気な皿を腐らせないでくれ
器じたいが茸のようにもろいものだから慎重に
百年むこうの食卓へ運んでいってくれ
やがてわたしにも
皿にのる日がくるだろう
そしてわたしを
さらに百年後の食卓へだれかが運ぶだろう
こうしてわたしたちは出会い、また
出会わないかもしれぬ
いずれにしても いまは
きみ自身をいちまいの大皿に託し
死を死のままにくずすことなく
よりたかく掲げて持っていけ
●水色のタンクがある風景

うすい光を
やぶらないように
やぶらないように
羽音をころして 鳥が
北へわたるらしい
春を力づくでおさえこんだ
三月の冷気が
あのあたりでこねられ
熱を帯びているのかもしれない
熱を帯びて わずかにうずを巻く
うすい光は 朝にも
夜にも属し
いずれともわからぬ
光のあわいから 影がもれ
影はしだいにふえ
三角形の群れをなして
鳥になる
うすい光が層をなす
むこうの地上には鉄の階段があり
透明な小エビのようなものを
からだのまわりにまきちらしながら
かたい靴音をたてて昇るひとがいる
わたる鳥の影がなぞる 水色の
大きなタンクを 鉄の廊下がめぐり
閉じられたままの
みえない扉を そのひとは
鳥の足のように骨ばった
細い指でコツコツたたく
不安な音を聴いているのは
たぶん そのひとの
ふたつの耳だけ
そんな風景を
小さな家からながめていると
露をふくんだ草のせいで
足もとだけがかがやく街道を
ひた走るひとがあらわれる
けさは わたる鳥の
三角形の群れを帽子にして
こんな国に 未練など
あるはずがないといいたげな
たくましい脚力で。
●風、ふたり

舟にのって どこへ
行こうとしていたのか
舟にのりそこなって
地団駄をふんでいるところで
風はまどろみからさめた
川岸の木の下で。
舟にのせられたひとは
あともどりができない舟のうえで
だれに向けてか
骨ばかりの手をふった
ふいていない風を かきまわして
あわをたてるみたいに。
目をさました ほんのはずみで
風は見も知らぬ いちまいの
しめった白いほほをなでた
しめったほほのひとは
舟のうえの手にこたえて
手をふろうとしたのだが
だれかに頬を撫でられた気がして
さいごの挨拶は
かなわなかった。
風は痩せさらばえたからだをねじり
なにかにすがりつきたかった
願いは
むこうからの願いと入れかわり
白いほほのひとの手が風にすがった
このひとの手も骨だった
手をにぎりかえして 風はつい
ストローみたいだね と
ざれごとをいいそうになった
予期したとおり
じぶんが吸われているのがわかる
もうからっぽなのに。
「あなたも 吹きやんだ
風なのか」
たがいの問いかけが
おりかさなって たがいを閉じた
風のない川岸で
風、ふたり
●嗤い柘榴

去りゆく夏をごくりと呑んで
息をとめ
ザクロは大口あけてわらった。
悪魔みたいに大口あけて
ザクロがわらった。
わらいのツボにはまったわけなど
知るもんか。
ザクロはころげてわらい
皿から落ちたよ。
飾りに添えた笹の葉っぱは
ウサギの耳だ。
ウサギの耳を覗いてみれば
火の海さ。
皿には記憶の竈。土から瀬戸へと
生まれ変わりの熱気を浴びて
フロアに伏せった。
わらいごえを聴きつけて
おまえは ひげをそったけど
顔は見せなかったな。
わらいごえを聴きつけて
靴を履きかけたけど
ドアをあけもしなかった。
たかが ザクロ
というわけだ。
通りがかるだれかが
つられてわらう。
わらって逃げた。
わらいざくろは
疲れてふいに無口になった。
ハキケニハキケ
ハキケガハキケ
ハキケモハキケ。
大口あけて夕焼けを
吐き散らしたな。
秋たけなわの
生まれ故郷に
つぶつぶざんざ
夕焼けひとつ。
生まれ故郷に
つぶつぶざんざ
夕焼けふたつ。
おれの天使よ
無事でいるなら
鼻をつまんで
帰ってこいや。
●雨氏の本は開かれたままだ

テーブルに頭をころがして
読書の檻から
首尾よく脱出したらしい
雨氏の本は開かれたままだ
窓枠の影がゆっくりと
見ひらきのページを掃いてゆく
じつに鈍足なワイパーだが
どんな力もその動きを停められぬ
残された雨氏の頭部は
余白ばかりの読書の檻で
ぬめるサンショウウオ
こぼしたコーヒーのようなものへ
なりを変え
帰宅した家人が
壁のスイッチを押し上げて
雨氏と密会中の夕闇を
部屋からたたき出す
雨氏はあわてて頭をひきおこし
かすれたのど声で
おかえり、という。
●棒

おれは棒だ
ここで折れろといわれても
折れるひざのようなものはない
ひたすら棒だ
融通の女々しさとは
共生できぬ
やくざな棒だ
たとえ助けを乞われようと
つっかえ棒だの
ロープ代わりなどに
なれるものか
ましてや まるごと
棒を貸せるわけが
ないじゃないか
逆立ちしても
寝ころがっても
宙を飛んでも
棒のままだ
乾湿不問の棒だ
ときに ひとは
藪から出てきたと おれを
化け物あつかいするが
藪から棒 といういいまわしには
ちょいと興をそそられる
としてもだ
勝手に棒を持ち出すな
むやみにおれに手を出すな
握られる弱みなど
あると思うか
弱みがあって
棒でいる
と思うか
棒の矜持を
おまえは あたまにでも
喰らいたいのか。
