くずさないでくれ


     佐藤泰志が、自殺した


ガスの火をとめて
コンロからフライパンをおろし
大皿へ移しかえたら
くずさないでくれ 皿のうえの屈託した姿勢を
揚げは揚げ
わかめはわかめの味がした
あたりまえの日々をなつかしみながら
だが くずさないでくれ
頸を刎ね
背をひらいた者へ感謝しつつ
楷書のようにきちんとそろえた手足を
くずさないでくれ
タルタルソースのような脳味噌をしたたらせているからといって
弱気な皿を腐らせないでくれ
器じたいが茸のようにもろいものだから慎重に
百年むこうの食卓へ運んでいってくれ
やがてわたしにも
皿にのる日がくるだろう
そしてわたしを
さらに百年後の食卓へだれかが運ぶだろう
こうしてわれらは出会い、また
出会わないかもしれぬ
いずれにしても いまは
きみ自身をいちまいの大皿に託し
死を死のままにくずすことなく
よりたかく掲げて持っていけ