名もないままに



なにかがやってくる
木立のあいだで見あげれば
肩をすぼめたあいつも
ききなれない足音にふるえている

なにやら炎のようなことばを口走り
野ざらしの耳どもに熱い息を吹きかける

ただの南風ではないんだな
若葉が萌えるばかりではないんだな
たまごを孵らせるばかりではないんだな
つみとられる命もあるんだぞ

そうしてそいつがあらわれる
遠い昔の恋人のような顔をして
いやいや やはり見知らぬ顔で
まあたらしいぴかぴかの
ステンレスみたいな木の葉を
手品師よろしく樹皮の裂け目につきたてる

それから
……と呼んでくれ
だれにもけっして聞きわけられない名まえを告げる
樹はうっとりひかりはじめる

森になにかがやってきた
森でなにかがはじまった