銭湯 おれの人生の唯一で贅沢な悦びは 週一回の休日 午後三時に 一番乗りで銭湯にはいること がらんとした脱衣場で ちゃちな怒りや悲しみを脱ぎ捨て 純粋な蛋白質にかえる じょう舌な湯気を黙らせにさっそうと 湯につかっては分解しそうなのをこらえてじっと 傾きかけた陽が 膨大な曇りガラスをおびやかして ずばぬけた明るさ 湯と石鹸と午後の時間を存分に浪費し ありふれたからだを磨く 陶工のようにきちょうめんに 馬喰のようにあらあらしく 鏡のなかには なかなかの男前がいて 眉をうごかしたり めつきを鋭くしたり コブシをきかした唄もでる おれの人生の唯一で贅沢な悦びがきわまり ふたたびちゃちな怒りや悲しみを身につけて まっさきにおもてへ出る だれもがまぶしげに見る 赤みがさした顔に それでも苦汁のしみが甦るまでに たっぷり二時間はある