ふくざつな棒の日もあったよね

 



なんて単純なの
きみはいま にわかに
かなしみの棒と名づけて さわった
幾千万の手が
そうしてさわってきたから
おぼろな月まで映してテカテカしている
それから架空のひも状のものをからめて環にした
なんて単純
きょうは束ねていない長い髪を
あごの下に梳き寄せて
環のなかに頭を差し入れた
こうすれば少しは痛みがやわらぐかもしれない
ぶらさがってみる
足が地面をはなれる
あ、余裕
と声になる
つかんでいるのは架空なんかではない
手はしっかりとかなしみの棒をつかんでいる
ひとつ、懸垂をして
(ふたつめは永遠にないだろう)
世界をこちらへかしがせてやる
世界は校庭と体育館だが
ナフタリンのようなものがころがっている
わしはむしじゃねえよ
胸のなかでだれかの口まねをした
白地に赤の
日本のこども えっちゃん
いつも電器屋の戸口に立ってきみを待ちかまえている人の
骨が舟となり
さいごの脂肪のちからをかりて

 


空へ漕ぎ出すのを見たのは
いつのことやら
だれもいないさみしい戸口に陽が射して
ひとあしさきの夜を整列させ
花をかざり
すすり泣く声が出るのと入るのと もみ合って
えっちゃんもひとしきり泣いたけれど
もうだいじょうぶ
旗を立てるべき日には旗を立て
ちようちんを下げる夜にはちょうちんに灯をともし
あたりまえの日本と
ありふれた田舎町の電器屋で
単純なおじいちゃんでじゅうぶんだった人の骨が
かなしみの棒となって
えっちゃんの腕を支えている
もうだいじょうぶ
きみはまた口にだして
両足をことさらぶらぶらさせてみる
もっと幼いこどもにかえって


2006.10 鰐組219号