菜の花畑 ―2015 春―

 


菜の花の里では
仕事を放り出した郵便配達が
道端にしゃがんで草の穂を噛んでいた
ぺっ と唾を吐いて
菜の花畑の黄色いうねりを見ながら
気が変になりそうだ とおもった
(もうじゅうぶんに気が変だった)
自転車の荷台にくくりつけられた黒い鞄には
まだ郵便物が残っている
すべて正確に受取人の手に渡らなくてはいけない
けれども菜の花畑の黄色いうねりを見ていると
重要なのはそんなことではなく
いまこの身に起こっている不可解な
ことばにならない想い
赤い自転車も黒い鞄も
黄色いうねりに呑みこまれてくれ という
おさえようのない想い

ぺっ
花粉にまみれているのは
アシナガバチだ
郵便配達自身だ
ふいに郵便配達は確信する
残っているのは死人宛の手紙ばかり
受取人はすでにこの世にいない
受取人ばかりではなく
集落が ちんまりとした商業町が
まるごと地上から消えたのだ
あの町がだだっぴろい菜の花畑になっている
いまや ところ番地すらあいまいなのだ
仕事の続けようがない
意を決して菜の花畑へ踏み込んでいく
おぼれる 菜の花畑で溺死する
ふりかえると
ぽつんと浮かぶ赤は 
スポークをキラキラさせて
ゆっくり回転している
キラキラがしだいに大きく花のたまになっていく

2015.10.26 Photo:kiyoshi Nakayama