動物園がゲートをひらく 2
そらに長く伸びた藍鈍色のものがそらに影を引いて倒れかかっ
てくる、枝も葉もない植物…と見えたのはキリンだ。だがなぜ
キリンとわかったのか、どこが頭部なのか植物と布きれとそし
てキリンと区別もつかないままゆらめいてかぶさってくるよう
だ。こうした感覚はあとをひくばかりできりがない、なんでも
いい、長いものが降りてきて首にでも巻きついてしめあげてく
れないかとさえおもう。窒息はやがてあいまいな快感となって
脳を弛緩させるだろう、死はおしまいのおしまいに快楽として
ちいさく控えている、ふたをとってはいけない玉手箱だ。二頭
のキリンはふとい棒状のものでつながっている。そこではどん
な情報が行き交っているのやら、二頭のキリンはそれぞれにあ
る種のラッパのようでありながら黙々とつるんでいる。すでに
一頭は青鈍色で生きているとも死んでいるとも知れないのだが、
背後からのしかかるやつはおのれの黒い棒をねじ込み、やがて
動物園のそらまでも黄色に染めぬこうとしているかのようだ。
若い女が目を伏せて檻の前を通り過ぎる、いや檻のなかだった
か、女はむかしの妻のようでもある。何度も何度ものしかかっ
た、そうして息子が生まれ、いま動物園のゲートの前で家族と
してつるんでいる。そうしてわたしだけがキリンの交尾をみて
いる、キリンをみている、青鈍色の植物をみている、うすれて
いく影をみている、行楽日和のそらをみている、どこにあるの
かスピーカーにスイッチがはいる音がする。いよいよゲートが
ひらく時間だ。つまり動物園が弛緩する、動物園が死ぬ。電気
に増幅された女の声にそこここの鉄がしびれている、錆がこそ
げるにおいがする。