雨氏の本は開かれたままだ テーブルに頭をころがして 読書の檻から 首尾よく脱出したらしい 雨氏の本は開かれたままだ 窓枠の影がゆっくりと 見ひらきのページを掃いてゆく じつに鈍足なワイパーだが どんな力もその動きを停められぬ 残された雨氏の頭部は 余白ばかりの読書の檻で ぬめるサンショウウオ こぼしたコーヒーのようなものへ なりを変え 帰宅した家人が 壁のスイッチを押し上げて 雨氏と密会中の夕闇を 部屋からたたき出す 雨氏はあわてて頭をひきおこし かすれたのど声で おかえり、という。