ジャクレは柿の眼
木の扉をわずかにひいて声をかけた。ジャクレさんはご在宅かい。
フロアの中央のテーブルのトラ猫が前あしを伸ばしながら金色の右眼
をおれに向けた。知らん顔をしている。左眼は黄緑だが、奥の窓の外の
蔦の葉でも見ているのだろう。
ジャクレさんよ。声を強くした。いねえのかい。
鍵もかけずに、などと心配しない。おれだって家の鍵なんてかけたこ
とがない。
伸びをして少しはカラダがらくになったか、だがまた居眠りをしそう
なトラ猫に、あばよ、と扉越しにいい、ひらきかけた扉をとじた。かた
ちばかりのドアベルが錆びた声をあげておれを追い立てる。
特に用があるわけでもなし……いればコーヒーでも飲みながら、とお
もったのだが、しかたがない。
畑に寄ってトマトでも摘んで帰るとするか。
と、そこに、めあてのご仁がいた。アンズの実をひとつ、枝からもぎ
取ったところで、顔をこちらに向ける。横向いて、つまんだアンズを前
歯で噛む。
猫もおまえさんも退屈しているな。
ああ、とジャクレはいった、退屈しのぎのアンズどろぼうさ。
おまえさんの退屈しのぎのために生らせているアンズじゃないが、ま
あ、いいさ、いまはじまったことでもねえし。
アンズはいまがいちばんきれいだ、とジャクレ。
きれいなら見るだけにしなよ、とはいわない。たしかに熟れるまえの、
緑色が残っている未熟なアンズの実のいろどりは、ジャクレのいうとお
りだ。
毒だぜ。
アミダグリンは付き合いのない隣人さ。果肉まではわしの庭だ。
ったく、ブンジンてえやつは……。ここはおれの畑だ。
わかっているからどろぼうなんだ。
ところでジャクレ、小説はさっぱりのようだな。
歳のせいだとでもいうかとおもったら、
ああ。ギャルソンの眼が変わって、なんとなく気持がなえた。
眼が変わったって?
左と右の色が入れ替わった。
右が金で…とおれがいうのをさえぎって、それはこのあいだまで。
おれはいましがたのトラ猫を思い浮かべた。テーブルの上で頭を右に
腹を左にして寝ていたが、それがジャクレの横顔とかさなる。しかしい
ま、頭の位置や向きの話ではない。悩ましいが、かれを悩ますわけにい
かない。それきりのことにした。
ジャクレはアンズをがぶりとやって、いった。このアリゾナでは、九
十%以上のひとがろくに果物をくわない。きみもわたしも例外だ。
あんたと仲間でいられるのはうれしいが、おれも未熟なアンズはくわ
ねえよ。 (2007)