航 跡


みずうみの船溜りを出て行く漁船には
夫婦が乗っている
仕掛の網を積めばもう余地のない
小さなふねだ
男は艫でエンジンの舵を握る
女は積んだ網にかくれるように
ふねの中ほどでうずくまる
かれらの漁場は船溜りからすぐそこ
水中に竹杙を数本たてた場所だ

エンジンの音がやんで
ふねがとまると 女が立ちあがり
仕掛の網をかかえあげる
竹杙を支柱にした仕掛の作業がはじまる
魚網を水中に沈めていく
作業がしやすいように
男は艫に立ち 長い竹竿で水底を突き
ふねの揺れを抑えている
岸からは 水の上の影絵だが
男は黒の長靴 女は
色のはげた青の半長靴である
女にかかえられた漁網から
陽がこぼれ
網は陽の手形となって みずうみの
黒光りする波を打ちすえる

作業を終えて
網のないからっぽのふねで 夫婦は
きゅうにおたがいを意識するていで
影絵のままエンジンの音にかくれている
おし黙ったまま
船溜りへの帰還に力がこもる
ささやかなかれらの漁場へ
弓なりにつらなる航跡がふとい