プールサイド


 とびこみなさい、と声がした。 とびこみなさい、ともう一度。 
 いままさにとびこもうとしているときに、正面からの声だった。
正面は金網のフェンスと、そのむこうは赤松の林。気持はなえた
が、ホイッスルが鳴らされようとしていた。   

 プールサイドは透明な青い炎に灼かれ、コンクリートが足うら
に熱かった。クラスメートのなかには大げさに飛び跳ねるものも
いて、ほんとうに飛び跳ねたい気分にさせるうれしい熱さだった。
右足の指のうらに、関節にかくれるようについているほくろも銀
色に光ってしまうような。そしてこの夏が、去年の夏とどこでつ
ながっているのか、なつかしかった。 

 うたは大地から吸いあげるものだとおしえられているけれど、
そうしてからだを満たしつつあるうたが、いま、足うらから大地
へうばい返されていく。メロディも言葉もない、からっぽのから
だになって、プールサイドに立ちつくしている。そのくせ肌は張
りつめている。ことしの夏にまだなじんでいない肌は、なじむ準
備のために張りつめている。彼女にはそれも心地よかったのに。
とびこみなさいともう一度。 

 松林から蝉の声がきこえていた。グランドでは野球部の生徒の
声が、暑さに溶けたキャンディみたいにねばついてきこえた。と
きどき風にまきあげられた赤土が踊った。赤土がけむるなかをう
すぎたない男がやってきて、男子にいかがわしいことをさせたと
いううわさが、いまも林のなかのちいさな池のほとりをめぐって
いるらしかった。 

          *

 とびこみなさい、と声がした。 
 赤いケーブルカーが運んでくれた頂上駅から十五分ばかり歩い
た、崖っぷちにいた。彼女の顔が蒼ざめていた。踏切で声がきこ
えた、と言う。踏切をわたる気にならなかった、わたりきらずに
線路にうずくまってしまう気がした、登校しないで家へひきかえ
した、と彼女は打ち明けた。