MUTSUMIりんご


テーブルに置かれたりんごのなかへ、台所の直射日光がひだりか
ら、水のハネのようなわたしが右から。
 りんごへはいると、多孔質の白壁を螺旋階段がめぐっている。
手すりには幼な子たちの手のあとが落葉のようにかさなり合い、
いま初冬の風が昇り降りし、わたしはなおもはねて階段を昇って
いく。
 階上のドアからはすでに香りがもれ、わたしもはかなく香り、
水かきのようなものをいくつも肋骨にはやしている。
 おもえばかつてたがいの水かきで甘くむつみあったのだ。
 種を宿してまるくなっているひとへの唐突な想いに足早になる
が、からだはむしろあとずさりするもどかしさ。
 風を省略してつる状にのびつづける螺旋階段はわたしの水分を
汲みあげ、わたし自身は急速に枯れていく。
 いえの酸味りんご酸はそんなわたしを少しは力づけ、あのひと
への夢を持続させる。しかしふたたび逢うことはないだろう。種
はみずから割れてありったけの光をとりこみ、りんごぜんたいは
そうして腐乱の一歩てまえまで熟しつづけるだろう。

 とぎすまされた刃に密着してりんごが自転する朝は、りんごの
なかの螺旋階段がゆるゆるとひも状にほどけ、りんごをはみだし、
この世のものではない風情で深くたれさがる。わたしもまたなす
すべもなく七色に染まりながら小さくしたたり落ちる。
 やがて、ぼんやりしたいくつもの半月がそらに浮かび、朝の食
卓がととのう。あつまってくる家族の足はどれもぬれて光ってい
る。習慣のほころびから発芽するには十分な水分と熱意。血だひ
もだとさわぎだすまでは、家族はあたたかい。そうしてわたしも
彼らにつらなって食卓につき、塩化ビニールの床をしめらせてい
る。