植 樹 時間はぼくらの縄張りをゆるい速度で流れていく。そし て無為、ぼくらはトロッコに乗せられて森の中を運ばれて いく。無為はやむをえない、トロッコの上でできることな どごく限られている。木々を眺める、飛び交う鳥を眼で追 い、さえずりを聴く、密生する樹々につるし上げられた、 のこぎりの歯のような空を見上げる、スパイクシューズの つま先を踏んでいる男をにらみ、自分の足をその男の足の 下から光速で引き抜く、木々を眺めるぼくらの眼をさらに 樹々の群れが覆う、鳥を見るぼくらの眼を降ってきた枯葉 がふさぐ、鳥たちのさえずりが、風の音、地鳴りのような ものにさえぎられる、空を見上げるぼくらの眼が不意の太 陽に焼かれる、となりの男の足をぼくが踏み返している、 踏まれているときには気がつかなかった柔軟性を男の靴に 感じる。 男たちはだれしもそんな気がして自分の手のひらを盗み 見している、そこに年輪が渦を巻いているかのように…… 掌紋があるだけなのに。 ご希望がありまして――とかしこまって、それを所望し たものへ挨拶するように、相手はだれだかわからないけれ ど、ぼくらはお供物のように運ばれていく。 森に棲むあやかしの目がぼくらに注がれ続け、森はいよ いよ深くなり、トロッコの重量が増す。ぼくらは光のよう な、樹脂のようなものであるかもしれない、揺れて、濃密 なめまいや、銀色の皮膜が覆ってくるのを避けてぼくらは 波立ち、よろめいている、皮膜はよじれて立ち上がり銀色 のはしごになって森の中に突っ立ったまま、ぼくらの眼か ら後退していく。そしていきなり空漠の地となる。 こうしてぼくらはこの日、植樹された。ぼくらのからだ をリスが這いまわり、枝に鳥が巣をつくるまでの長い年月 が始まる。