錆をおとし あたらしい光の仮面をかぶる       認知症的言辞ボタルを発症した男のたわごと

薄 刃


薄刃

   ●1

うすば と
透けそうな名だが
もし透けることがあれば
あからさまな凶器であり
透けることがなくても
いつでも凶器であり
あるものは厚く あるものは薄く
あるものはざっくりと
あるものはみじんに
あるときは使い手の指を
あるときは怒りの尾を絶ち
いのちあるもののいのちを黙殺し
いのちあるもののいのちを奪う

うすば と
透けそうな名だが
透けそうなのは
うすばを持つひとであり
独りよがりの満足だろうが
つねなる不満だろうが ひとは
結果を見てしまえば
白紙にもどる
白紙にもどって
うすばの柄をつかむ

   ●2

うすばの錆は
納得するもしないも
身から出た錆であり
錆も身のうち
錆をそぎ落とす痛みには
べらぼうに高い利息を払うような
いまいましさがある
砥石に いまいましさ 無念を
これでもか これでもかと塗り込んで
錆をまぎらし
あたらしい光の仮面をかぶる
身のうちの表情もじゅうぶんにそがれて
うすばは能面ふぜい
まずは試し斬り と
息をひそめる
薄刃
   ●3

いまのいままで まないたに
ほほをあて
ひざをくずしていたうすばが
忽然と消える
透けたのではないが
透けてこの世にあるようなものだ
そこにあるのが当たり前だったから
あたりまえでない事態に彼女はおののき
いつものささやかな所作に
不安の重りがついてまわる
どこへ紛れ込んだのか
あるいは義母のたくらみか
むやみに洗いものの中に手を入れることもできない

もとより ここぞというときには
うすばではなく
出刃である
おのれの弱気をくじくには
はるかに持ち重りのする
出刃にかぎる
風呂場で事に及んだのは
あふれるものの処理を見越したのである
老いた義母は意外にあっさりこと切れた
水田に水が満ちわたる早春
そうして怒りの緒を絶ち
うすばよりも薄っぺらになって
あぜ道を木立の中へとそぞろ歩いた
こんどはおのれを吊るしあげなくてはいけない

   ●おぼえがき

台所の歴史の棚から
うすばもまた音をたてずに去ってひさしい
薄刃