どうせ飛べないカモメだね p1
 
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                     どうせ飛べないカモメだね

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「モジリアニって、ご存じですよね」
 杉浦が遠慮がちに話しかけている。
 カウンターのはしにいる汀子はキープ・ボトルの棚のほうへ顔を
向けている。髪をうしろに無造作に束ね、ふろあがりのようなつる
んとした横顔をみせた彼女は、杉浦を無視しているようにみえる。
ふたりのあいだにはストゥールがひとつあいている。
「ね、モジリアニ……」
 杉浦は彼女の側へ躰をかしげる。かれはついこのあいだ成人式を
むかえたばかりで、顔つきにも話しかたにも動作にも子供じみたあ
どけなさをとどめている。ウィスキーを飲んでいて、耳が真っ赤に
なっている。応えようとしない汀子に、あきらめたふうでもなく臀
をうごかして躰を立てなおし、小さく鼻を鳴らす。相手は十も年上
の女なのだから無視されてももともと――そんな開き直りがあどけ
ない顔の線にほの見える。
 杉浦のこちらがわのストゥールにいる佐々木は、元気があってい
いな、と少しばかり杉浦を羨ましくおもう。佐々木自身、まだ二十
代で、それほどしょぼくれたつもりはない。
 だが何週間かまえ、梯子酒のしめくくりに入ったこの夢羅で、汀
子に「またお会いしましたね」と声をかけてそっぽを向かれている。
拒絶を絵にかいたようにつんと横を向かれ、こちらの上下左右うら
おもて、すべてを拒否されたかっこうである。
 杉浦がふたたび話しかけようとしたとき、汀子が声をはなつ。
「わたしの父は、画家です」昂然といってのける。
 ばかにするなという意味がこめられていたのだろうが、しかし、
からいばりにきこえる。声そのものが空虚な力みを感じさせる。ま
るで風邪声のようで、鬚が入ったみたいに乾いてかすれている。そ
れが彼女の地声だ。
 おたかくとまっているようにもみえる彼女の寡黙さは、声質その
ものと深くかかわっているのかも知れない。
 高調子な、肩透かしをくらわした宣言には委細かまわず杉浦はつ