どうせ飛べないカモメだね p2

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づける。
「あなたは、モジリアニの絵に出てくる女性に似ている」
 こそばゆいせりふを臆面もなく口にしている。高飛車ながら彼女
が口をきいてくれたので弾みがついた――そんなせっかちな響きが
ある。
 汀子はカウンターに肘をつき、ウイスキーグラスを顔の高さにか
かげたまま、またむっつりとしている。最初の質問を尊大にしりぞ
けた手前、つぎの品定めをここちよく受けとめたとしても、いまさ
らうれしい顔はできない。おためごかしを打ち払うような、相手に
するのもしゃらくさいと馬耳東風の表情をつくっている。
 彼女の態度は今夜とりわけ傲慢だというのではなく、それが持ち
前なのだ。
 杉浦はそんな彼女に惧れをなしたともみえず、ママの美弥に同意
をもとめる。
「ね、このひと、モジリアニの絵に似てるよね」
「そうお」
 美弥は気のない返辞をして、ボックス席の壁に視線を投げかける。
そこに鏡がかかっている。
 化粧っけもなく口数も少ない汀子がくちばしの黄色い男に話題に
されているので、いくらか嫉妬しているのかもしれない。美弥は壁
の鏡をのぞき、顔の向きをかえ、薄くて長い唇をうごかしたりして
いる。美貌がときに原始人じみた野卑な表情になる。そんな顔つき
がじぶんでは気に入っているのかどうか、鏡に視線をとめたまま彼
女は汀子がいま宣告したばかりのことを虚ろにくりかえす。
「汀子さんのお父さんは、絵描きさんなのよ」
「へえ。それは初耳だね」
 杉浦はいまになっておどろいてみせる。
「へえ、画家なのかい」
 カウンター席の佐々木のこちらの側の男が雑な調子でからんでく
る。汀子に関する話はともかく、美弥とのおしゃべりのきっかけを
つかまえたくて口をはさむ、あくせくした気持が透けて見える。
「ママ、ちょっといってくるね」汀子が席を立つ。
「どこへ……」
「ちょっと、うちへ。すぐ来るから、このままにしておいて」
 カウンターにはほとんど手つかずの野菜サラダがある。