どうせ飛べないカモメだね p3

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「あ、そう、わかった。いってらっしゃい」
 十数分して、汀子がもどってくる。
 杉浦とのあいだの席に常連で装身具のブローカーをしている小野
瀬が納まり、ママからオシボリをもらったところだ。
 彼女は杉浦の背後に立って、手にしてきた葉書の束から一枚を無
言のまま肩越しに差しだす。
「なに、これ」杉浦はうれしそうに葉書をうけとる。
 四十男の小野瀬がそれとなく横目で覗きこむ。
「なんて読むの、これ」小野瀬の背中に葉書をかかげて杉浦がきく。
 汀子はゆっくりとストゥールに腰をおろし、葉書の束をカウンタ
ーのはしに置く。
「なつめ。棗会」
「棗会グループ展、ね」
 あいだに挟まった小野瀬は両側から声が飛び交うのをうるさがる
ようにがむしゃらにオシボリで顔をぬぐう。広すぎるひたいに横ざ
まに髪の毛がへたりつく。
「いま読まなくてもいいから」
「あなたのお父さんの名前、なんていうの」
「席、かわろうかい」耳のうえの髪をなでつけながら小野瀬が杉浦
に皮肉っぽくいう。
「いいわよ、おのちゃん」美弥がとめる。「そこでいいわよ」
 汀子はいいよどんでいたが、
「奥野。奥野竜太郎」と杉浦に告げる。
「奥野竜太郎、ね」杉浦は葉書にびっしりと印刷された名前をたど
りはじめた。
「いまは、いいから……」
「ああ、あった、あった」
「あとで……」汀子は氷が解けてうすくなったウイスキーをすする。
 ボックス席の客から注文があって、カラオケが始まる。
 われこそはと思っている素人の歌ほどうんざりさせるものはない。
口には出さないまでもそれを夢羅でもっとも露わに表明するのはほ
かならぬママの美弥だ。
 だから夢羅では蜒々とカラオケが続いているということはめった
にない。佐々木が夢羅を気にいっているのはそこのところだ。ほか
の飲み屋より落ち着ける。もっともそのためにカウンターでもボッ