どうせ飛べないカモメだね p4

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クス席でもかれはしょっちゅう居眠りをし、寝込む。うちはホテル
じゃないわよ、とときどき美弥にからかわれる。
 カラオケが始まったところでかれはいつもの長っ尻にけりをつけ
る。
 勘定を払っていると、
「あなたは、奥野さん、じゃないよね」と杉浦の声。
「ちがうわよ」レジのこちらから美弥が汀子にかわってこたえる。
「なんていうの」
「よけいなこと、きかないの」ぴしゃりと美弥がいい、佐々木にい
う。「佐々ちゃん、きょうは早いのね」
「うん。これから少し仕事しようかとおもって」
 佐々木が店のドアを開けたところで、騒々しいなか、汀子が宣言
する。
「わたしは、モジリアニは、きらい」


「あ、佐々ちゃん?」受話器から女の甲高い声がする。
 佐々木をそう呼ぶのは行きつけの二、三の赤提灯とスナックで知
っているひと以外にないが、声のぬしがわからない。蒲団から這い
出て畳に腹這いのまま受話器を握ったかれは、「どなた」と訊ねる。
「ていこ」と、ややきつい口調でこたえた。「夢羅で……」
「ああ……」
 あのかすれ声が、電話を通して聞くと、いくらか澄んできこえる。
 一昨夜、モジリアニの話が出たのをかれは思いだす。
 しかし彼女がどうしてとつぜん電話をよこしたのか。
「二時ごろ、野越まで出てこられません?」
 なれなれしい口ぶりにとまどう。
 早口で彼女はつづける。
「さしあげたいものがあるの。……きのう買ってきたんだけど、デ
パートへ行って」
 夢羅ででくわしても鼻もひっかけないのが、どんな風の吹きまわ
しか。
 十時になろうとしている。六畳間の南側の窓に陽はあたっている
ものの、三畳間の空気は冷えている。外はすこし風があるらしく、
窓の手すりにかけたままの青いタオルの影が曇りガラスに映って揺