よくよく見れば、頭ぜんたいがふたつの目玉だ。
ということは、脳なんかないにひとしいのだ。こいつはうすのろにちがいな
い。
と、世間知らずのカマキリは早合点する。
ねんねのカマキリの体長はまだ五ミリもない。仲間が四、五十ぴきかたまれ
ば相手のからだの大きさとつりあいがとれるかもしれない。さらにあいにくな
ことにカマキリ自身の頭部は最大に成長しても目前の生きもののが口をひらけ
ば余裕をもってくわえこまれる寸法しかない。こちらも脳みその量は電子顕微
鏡ものだ。
篠竹からツルバラの枝へと歩を進めたかれは、意気揚々、左右の鎌を振りあ
げる。
その瞬間、かれは息をのむ。目の前にとつぜん出現したのは、体つきこそ自
分より小さいが、たしかにいましがたわかれてきたばかりの仲間とおぼしき姿
だ。それがいきなり数をふやして、何百、いや何千という数になっている。そ
してかれが鎌を振りあげたのと同時に、相手もいっせいに鎌を振りあげてこち
らへ向かってきたのだ。
どうしてこんな目にあわなきゃならないんだ。
ぶん、と音がして、敵にまわった幾千のやつらがふいに消える。現れたとき
よりももっと素早い。
相手が複眼の持ち主だなどと知る由もない。
ツルバラの血のような若葉が幾重にも抱き合ってふるえている。
あぶは、みどり色の糸くずみたいな生きもの一匹になんの関心も持たなかっ
た。ただただ、その場所に退屈していた。もみ手をするだけでもこの虫けらを
おびえさせるには十分だろう。だがそれすら退屈しのぎにならない。そして複
眼をみどりから青に塗りつぶしてあてもなくそらへ飛び立ったのだった。
◆
固く小さい逆三角形の頭部をみれば、カマキリは高音域を発するように想像
される。とがったあごに低音域はのぞむべくもないようだ。
しかしそれは声帯とのかかわりを前提としての想定だ。
ではほかの昆虫のように羽根をこすりあわせて奏でるとすれば、どんな音色
になるか。
飛ぶのもたよりなげなやわらかい羽根は低音域でささやくだろうか。そして
飛ぶにはふさわしくないぼってりとした太い腹部が低い音を野太くするか。
交尾のあと、オスは役目を終えると、甘い声で告げる。
――さあ、わたしをおたべ。
2009.7.19