警備員の遠吠え 2/2

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 男はなぜ圧力もなく、軽いのか。
 たぶんそれは、侵入罪のほかになんども口にする「肖像権」のせ
いだ。
「肖像権がある」とくりかえす。
 脈絡がない。当方と警備員しかいない場所で、こいつはなにをい
っているのだろう。高校生は登校前の時間である。警備員を撮影し
ようとしているのでもない。カメラのレンズはキャップがかぶさっ
たままだ。この男は間違ったことをいっているのに気づいていない
のかもしれない。
 三十代か四十代か。男は同じ事を何度もいった。こちらは聞く一
方である。そして静かになったところで、
「おたく、どこ」と訊いたのだ。
「日警の…」といい、姓を名乗った。
 なにかあったときに身分を訊かれたら、即、答えるのが決まりな
のかもしれない。ニッセイときこえたが日警だろう、成田市に支社
がある。
「コ……」か、と男の姓を敬称略で反芻した。
 カメラを持っている人間がいたら「ショウゾウケン」と吠えろ、
と訓練されてでもいるのか。
 男はそのご、口をつぐんだ。で、撮影はあきらめて昇ってきた石
段を数段降りてからまた尋ねたのだ、
「風景にも肖像権があるのかい」
 男が自分の間違いに気づいたかどうかはわからない。
 男は階段の上でまたいう。
「とにかく撮影は禁止です」
 肖像権の意味を理解していなくても警備員は務まるものなのか。 
 そしてかれはもごもごいったあとで付け加えた、
「……ご理解ください」と。
 マンガだよ、県警を呼ぶなどといったあとで、それはない。
 一見まともに見えて、やいのやいのいうのは精神的な瑕疵があっ
てのことではないか。
 あとになって気づいたが、男は助手席から出てきたのであって、
もうひとり運転していた者がいたはずである。そちらは運転席で事
の成り行きを見ていたのだろう。外に出た男はうしろのほうを気に
してそれでいっそう奮い立っていたのかもしれない。
 階段途中からは見えないが、降りきるとむこうの煙が風のない空
へ濃く薄くそして太く立ち昇っているのが見える。

*警備員といえども法律上は一般人と変わらず、特別な権限は一切与えられていない。
 正当防衛や緊急避難といった特定の状況下でしか、警棒を使用することはできない。
                                 (2021.2.28)