鬼蝶 1/2
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鬼 蝶




 はじめ黄色いチョウがいっぴき飛びまわっていて、モンシロチョウ
より小型の、かたちの丸っこいチョウで、たぶんキチョウというやつ
だ。それから白いのが現れた。黄色とそっくり同じかたち、キチョウ
のメスは白っぽいとも聞く。二匹はたちまちぶつかり合い、丘の斜面
をすれすれにくんずほぐれつしはじめた。めまぐるしい動きで、ああ
してかれらはなにをしているのだろう、争いではなくて交接か。キチ
ョウのオスどもはメスがさなぎから羽化するのを何匹も集まって待ち
かまえているらしいから、とすればいま目の前で行われているあれは
相当に不満がつのったあまりのからみあいだろうか。そうおもってみ
れば殺気立ってきて黄蝶が鬼蝶、オニチョウへと名を変えてあたりの
空気を緊張させ、なお丘の斜面のすれすれをジグザグにあるいは急上
昇急降下しつつ執拗に組み合っている。ヒカゲチョウのたぐいのよう
に眼状紋はないけれど、鬼と化したからだぜんたいが眼状紋で、黄色
い眼、白い眼が透明な血を流しているらしい。家のうらで全自動の洗
濯機が仕事を終えた合図のピーピーを鳴らしはじめた。

 かれらの影は丘の草ぐさの上でさらに複雑にくんずほぐれつしてい
るだろう。草の一本一本の影もわずかな風にゆれ、ゆれる影をかいく
ぐってチョウの影が飛んでいる。チョウたちの影は電光石火ともいう
べき動きを見せて草影とまぎれることはないが、草ぐさの影はなにか
の拍子にからまりあって塊となり丸みをおび、おぼろな球となっては
じけ飛んだりするのかもしれない。しかしたちまち五月の陽光に吸収
されるのだ、目には見えない。

 サクラ、スギ、ケヤキ、イチョウなどがむこうの斜面から丘の上に
かけて並び立っている。合体していっぴきで八枚の羽を駆使している
かのように見える黄と白のチョウが丘の斜面を這いのぼる。草むらの
上を這い登ってなにかの木の根方へぶつかっていく。そこで事態が一
変して、白いチョウいっぴきが斜面をまっすぐ転がり落ち、十メート
ルばかり下の路地の草むらへまぎれこむ。二秒たったかたたないとき
に路地をへだてた家でガラスの割れる音がした。白いチョウが転がり
落ちる速度と草むらに消え、直線的に突っ切って向かいの家にいきつ
くまでの時間を推し量ると、ガラスの割れる音と合致する。
 入居者募集の木の札が鉄の門扉につるされてからもう何年たつか、
平屋建ての空き家がそのまま廃墟になりそうなたたずまいを見せてい
るが、割れたのは玄関の格子戸のガラスかもしれない。チョウがぶつ
かったぐらいでガラスが割れるはずもないのに、ガラスが割れるのと
チョウが飛び込んでいくのと二つのことがらが同時に起こり、チョウ