耳よ、耳よ、あのかたの耳よ。
3
「-2-」に引き続いて発声に関することがらを詩にしている。
ひねりはきっちりきいている、なんていっているが、詩の中身のひねり
は、ぜんぜんきっちりしていない。
読むひとに理解できるひねりでなければ、きっちりなんていえないし、
ひねりはそれなりに詩的(ウタ論的)に効果をもたらすものでなければな
らない。
ここではそんなことを無視して、ただ言葉だけでそういっている。
そんなことを詩として書く意味があるのか、という疑問をもたれるかも
しれない。
意味なんかないかもしれない。
だが、意味がなくてはならないのか、意味がそんなに大事なのか、とい
う反論もここには含まれているかもしれない。
とにもかくにもここは、カラダのどこにも力を込めないことが重要であ
る。
声を出すのに、声を出すという意識さえ頭からぬいてしまう。
そうしてカラダをリラックスさせ、ため息をつくように息をして、その
息にそっと声を乗せてみよう。
のどなんかないんだ、とおもいなさい。
ボイストレーニングの基礎がはじまる。ウタ論以前である。
詩では、トレーニングが中間の音から高音部へ入ってきている。
●首から上はプチトマト
ともれよ ともれ
見よう見まねの
プチトマト
ともれよ ともれ
プチトマト
ひねりはきっちりきいている
声は足うらから
みぞおちへ さらに
つるをすべってプチトマト
のどは ないものと
おもいなさい
絵の具の赤をしぼるように
声を熱くして
五線譜のくらがりを照らすんだ