どうせ飛べないカモメだね p38

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解こうとすると、粂のからだから油断ならない力がつたわってくる。
佐々木は腰を入れて粂の腋の下をしめあげる。汀子は奥のボックス
席のかたわらのうすぐらい場所に立って髪をなでつけ、ブラウスの
襟に手をやる。ボックス席のふたりの若い男がいたわる目を汀子に
向けている。
「由貴ちゃん、割れたもの、掃いといて」
 美弥がいう。返辞はない。美弥はカールした耳の後ろの髪をひっ
ぱり、壁の鏡に目をやっている。もはやけりはついたという表情だ。
カウンターを入口ちかくへ逃げた由貴子が、収拾がつかずにいるふ
たりの男を窺っている。装身具屋がコップに澄んだ氷の音をたてて
る。佐々木は途方に暮れる。どんな義理があってこんなことをして
いるのだろう。手をゆるめれば反撃をくらいそうだ。
「はなせ、このやろう」
 粂がうめき、自由のきかない腕をふるう。佐々木は羽交い締めを
固め、そのまま粂をドアのほうへつき動かそうと向きを変える。ふ
くらはぎへ何かがぶつかってくる。ストウールでも倒れかかってき
たか。体勢がくずれかける。
「よしなさいよ、もう」
 背後で汀子が金切り声をあげる。彼女が佐々木の足を蹴ったのだ。
同時に粂の肘がとんできて右耳をしたたかに撃つ。さらに太い腕が
半回転して強烈なパンチが佐々木の顔面にはじける。女たち、客た
ちのどよめく声があがる。なおも殴りかかってくる灸の腕をかわし
て横から腰にくらいつく。二人で床にころがる。物が、ストウール
やボックス席の椅子やテーブルが、からだにのしかかってくるよう
だ。脇腹にけりが入る。汀子が蹴ったな、とおもう。肩にもひとつ。
なんてこった。
「やめなさいよ、あなたたち」
 ボックス席からの声はサトコだ。
 狭苦しいところでとっくみあっているな、とおもう。がらくたの
山にうずもれている気がする。そのとき頭のなかで、かすれた声が
いう。
「返しなさいよ」
 なにを返せといっているのだろう。
 大きな目玉が横っちょをむいたまま止まっている……ああ、そう
いうことか。このがらくたの山は……止まったままのふくろうの壁