髑髏のような恍惚よ 洗面器には、初冬の水が施錠されていた。台所ばかりではなく、 家ぜんたいが洗面器の上に聳えていたのかもしれない。なにもかも 見透かされているような背すじの寒さは、たぶんそのためた。 だれも水の名をしらない。しかしそれは蛇口を吃らせ、洗面器に 満ちる。 おんなは聞きとめたことを疑った、《そんな言いかたってあるだ ろうか》と。 掬いあげると、掌の中で水もまたはげしく吃った。薄命な水、そ れより速く腐敗する掌。凍るひかりを瞼にあてた、それが点火とな った。火花が散り、小爆発の衝動が眼球をつつみはじめた。 朝の時間が白濁し、夜の内臓が洗面器のひかりを砂に変える。彼 女は夢から醒めきれずにいるのだ。 繊弱なひかりの下のうとましい風景、不倫の川を流れるどくろの ような恍惚が、彼女の顔にかさなる。この顔をどこに向けたらいい のか。 バスタオルは、かすかにきな臭い。 《これがわたしの憎い体臭、あの気がかりなことばから、言いつく されなかった心根へ、〈もの〉から夢への転落にわたしをいざなう 憎い体臭》