ひかる納屋、錆びた人 1/2
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 ひかる納屋、錆びた人



 だれもその納屋を見おとすことがないように、生えのびる指はた
だちに刈りとらねばならなかった。そして、ただいっぽんの指のみ
が、いくらか屈折した細い野の道と、そのはてに建っている納屋と
をさししめすことができた。
 おんなはていねいに礼をのべ、納屋をめざした。彼女の背は祝福
されていた。
 納屋の柱や梁が、おんなの従順な垢で光り、彼女の骨が発するよ
うな体臭を放ちはじめた。そして納屋は、納屋自体の熱量の歴史を
もって、自らの指紋を彫るまでになった。雪にすっかり覆われてし
まっても、雪の上か、あるいはそのあたりの青空に、かすかにだが、
指紋が見てとれるのだ。(殺人者は、ある日唐突に指紋の縁辺に生
じ、その狂気が雪を掘った。納屋は見通せた、が、男の姿は、まだ
だれの目にもとまらなかった。)
 納屋の年輪は、あの寸劇に比して、大きくゆるやかに、大地を、
大地にすがりつくものたちを、ゆるがしていたにちがいない。納屋
はすでに巨大な不幸を張りめぐらしていた。だから納屋は、それに
輝きをもたらしたおんなや、そこからまっすぐ罪科へと歩み出た男
を忘却することなく、かといって、かれらのあまりに塵芥じみた存
在にわずらわされることもなく、さらに素朴な砦となりえたのだろ
う。
 清潔な、狂いのない風に、糸状の幾筋もの窓がほつれていた。つ
まり、それは板張りのわずかな隙間なのだが、光は、さらに遠く脱
出を試みて、やせおとろえた触覚をゆらめかせていた。納屋はもの
の背後のための全的な支持であり、そこに在りながら無しとされる
〈もの〉の、最後の結晶である。それらは、たんなる光としてしか
外へ出ることがなく、しかもつねに不幸の内部にとどまっている。
いまや納屋は、光の巣ごもりの気配にみちていた。納屋の外には、
視力の衰えたおんなの眼が、さめたギンナンのように黄いろくころ
がっていた。
 おんなは、何にむかって腹這っていたのだろう、雨をたっぷり含