死者が編む籠の中には
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 死者が編む籠の中には


 祖母はわたしの耳に、あのつるっと皮がむけるような息を吹きか
けました。祖母の打ち明け話には、いつもその背景に納屋があり、
すべりの悪い戸があいたり閉じたりしていました。あけたのはまち
がいなく父です。しばらくして閉じに行くのは、だれだったのでし
ょう。
《あれは、納屋の空気を入れ換えるくらいのできごとだった!》
 堅い空気の舞台で、がらくたは少しばかりの光と闇とに囲繞され
ていました。腐敗するものなど、ひとつだってありはしませんでし
た。あるとすれは、堅い空気そのものにちがいありません。
 醜聞は、あの戸が閉じられるたびに町にあふれたのではないでし
ょうか。閉じに行ったのは、だれだったのでしょう。
《密通》に蝕まれたのは、わたし自身でした。それがわたしの生理
でした。死者はむしろあまりに靭くしなやかなので、籠が編めまし
た。籠にはいくらでもわたしの生を摘むことができました。清潔な
竹べらがいくつもわたしに向けられていました。
 あれが納屋の空気を人れ換えるほどのできごとなら、いっそ納屋
の戸を取りはずすべきなのです。
 ぎっしりと並んだ鳥居のように、表情のむこうにいくつもの表情
が透けてしまうので、可笑しいのです。ときにはわたし自身の顔が
映っているものと錯覚して身ぶるいしたり。たしかに祖母は《無表
情》へとかぎりなく接近していたのです。ただひとつ、それが生き
延びる方策であるかのように。けれど、それも祖母の《密通》にほ
かありません。祖母は、わたしを共犯者に仕立てるつもりだったの
です、おまえも知らん顔をしてるんだよと。
わたしにはついに《無表情》を理解できませんでしたけれど。
 吐き気をこらえてかしいだ納屋でした。納屋の周囲をめくるめく
速さでかけめぐる影が、納屋の昏倒を防いでいました。
 その棚から一丁の錠を消すことは、納屋をいくらかでも現実離れ
した存在に置き換えたかもしれません。殺意にかられた父はすでに
鳥でした。わたしの母の頭部は、鳥の巣であったわけです。