静かなる波 スニーカーの紐のさきを地面にひきずり 橋にさしかかると 思いのみなもとから 安物の指環のようなものがころげ 魂の薄皮がはがれ 橋をわたりおえるころには さみしく身軽になっている 足もとはお仕着せのサンダルにとってかわり そうして地裁刑事二部六〇二号法廷へ入っていく 法廷は橋とともに明け 橋とともに暮れ 暮れればホタルが飛び交い いっぴき 静かなる波にのまれ うつろう しかしなぜハエではなかったか ハエこそふさわしかった やつの脳を流れているのは くさったミルクじゃないか 手錠、腰ひもにつながれた男は 所定の位置でいましめをとかれるが (公判廷においては、被告人の身体を拘束してはならない。刑事 訴訟法第二八七条) さらに大いなるいましめにくくりつけるためであり そこでは、モノが意味を失うまでに 陰影をとりのぞかれ、裸にされる 証拠品と称せられるモノの裸身が 番号を付されビニールの袋に入れられてつきだされる 文化庖丁、クリ小刀…… 静かなる波もまた透明な袋に入れられてつきだされている 捨て猫のごとく 五人の男女を殺した八カ月 (大久保清が八人の女性を殺したのは