ミルク飲みの殺人鬼

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一九七一年の春の四十一日間
アメリカ人リチャード・スペックは一九六六年
シカゴで八人の看護婦を殺すのに夜から明け方までの五時間)
裁判官にうながされて自分の名前を確認した二十一歳の男は
その名のごとく静かに立っているかに見える
しかし傍聴席にふりむくや
Vサインをつきたてた
いささかのダメージも受けずに勝利したボクサーみたいに

なんぴとも、自己に不利益な供述を強要されない(憲法第三八条)
被告人は、終始沈黙し、または個々の質問に対し、供述を拒むこと
 ができる(刑事訴訟法第三一一条)
裁判長はかみくだいて被告に告げる
言ったことは証拠になります、とつけくわえて
いいですか、証拠になりますからね
裁判所では、日本語を用いる(裁判所法第七四条)

キャベツ畑で殺された男の頭はキャベツみたいにころがった
肩のうえについてはいたけれど
その肩もいまや畑の土くれと同じ
恐怖に蒼ざめた顔が土けいろに変わるまでは
たいして時間がかからない
高原の地平線に陽が沈もうとしていたが
すぐさま現場を立去った静かなる波でさえ
男が土けいろに変わったのを確認した
二人の男にはもはやふりかえるべき食卓がない。
一方の男が男が完全に土へかえり
ふたたびこの世になにかを産みだす力になろうとも
そしてもう一方の男が
くさったキャベツの猛烈なにおいに
みずから鼻をまげようとも。

地域をつなぐ橋となる
静かなる波よ
殺意にゆれて
そうしてあの母娘が住む街へと打ち寄せた

2009