どうせ飛べないカモメだね p11

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「簡単さ」
 ほどなく佐々木は夢羅を出る。
 部屋へ持ち帰った小銭入れには五円玉ばかりがぎっしり入ってい
る。ざっと数えて、四、五十枚――。手紙のようなものについては
思いすごしだ。

 電気炬燵に足をつっこんで寝そべり、カセット・テープでサム・
クックをで聴いているところへ、玄関をノックされる。立っていっ
て返辞をすると、
「わたしです」卵の殻を踏みしだくような声がする。
 独特の声だから、聞けばだれなのか、たちどころにわかる。
 しかし、どうしてアパートなどへ来たのか。
 二棟ならんでいるモルタル造りの二階家のアパートの住人のなか
には、ここから四、五百メートルの夢羅へ呑みにいっている者が何
人もあるから、住まいが汀子に知られても不思議はない。彼女の家
からはここまで歩いて六、七分の距離だ。だが電話もせずにいきな
りやって来られては困る場合もある。
 それに、「わたしです」というこたえかたも困る。近所のひとの
耳にどんな印象をもたらすか。
 かれは玄関ドアをあける。
「ご加減、どうですか」
「はあ?」
「風邪をひかれたとか。……美弥ちゃんからうかがいましたの」
 夢羅で呑みながら、風邪ぎみで、といったのをママの美弥が口の
端にかけたのだろう。風邪のせいで仕事がとどこおったが、ようや
く目鼻がついたところだ。
「もう、なおったも同然で……」
「赤いものでもあれば、気がまぎれるとおもって」
 奇妙なものいいをした汀子は、半びらきのドアのあいだから、駅
弁でも包まれているような包みをつきだす。
「赤いもの……?」
 十文字にゆわえた緑のほそ紐を指先にひっかけて、包みをぶらん
とゆさぶる。
「気がまぎれるとおもって」
 寝込んでくさくさしているとでも考えたのだろうか。