どうせ飛べないカモメだね p12

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 包みをうけとらせると、                                                                       
「じゃ」いかにも引きぎわよく彼女みずからドアをとじる。「おだい
じに」
「ありがとう」
 外廊下を固い靴音をたてていく。
 一部屋おいた向こうの外階段を一、二段おりかけて、靴音が引返
してくる。ドアをノックして、まだ半ばあっけにとられて上がり框
につっ立っていたかれの返辞を待たずに手ずからドアをあけ、すぐ
そこにいた佐々木をあたりまえのように見て、
「冷蔵庫に入れておくといいわ。じゃ、おだいじに」
 入念な、親しみのこもったいいかたである。そしてドアをとじ、
去っていく。
 きゃんきゃん。頭のなかで吼える。さいしょ、とつぜんの到来に
閉口したのに、さっさと帰ってしまう気ぶりをみせたり、思わせぶ
りに引返したりされて、けものくさい脚が未練がましく宙をひっか
いている。彼女は型どおりにでも、部屋へどうぞといわれるのを期
待していたのではなかったか。
 もらいものを包みのまま冷蔵庫に入れ、六畳間にもどって両手両
足を炬燵のなかにつっこんだ。サム・クックは「ツイストで踊り明
かそう」と唄いつづけている。
 赤いもの、赤いもの。
 もやもやした気分をまぎらしてくれる真っ赤な真っ赤な……
 中身をたしかめもせず、汀子に勧められたとおり冷蔵庫に入れた
が。
 台所へ立っていく。包みをひらくと、木箱のなかに二十個ばかり
のいちごが整然とならんでいる。
 赤いものがあれば気がまぎれる……
 つまみとった一個をしげしげとみる。
 赤い粒状のものがたくさん集まって、押しあいへしあい蔕のうえ
に乗っかって。
 いちごのかたち。
 褐色の産毛をはやして、肌ざわりはよくないね。
 よくよく見れば薄気味のわるい生きもののよう。
「ああ、きゃんきゃん」声に出していう。
 犬がきらいな、犬だ。