どうせ飛べないカモメだね p13

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 また数日後、遊びにいっていいかと電話がかかってくる。
「いま、親戚が来ているので……」と彼女がいう。
 まるでこちらが訪問を拒絶する口実みたいなせりふを、汀子のほ
うでいう。親戚が来ているので逃げ出したい――そんなふうにいっ
ているともとれる。三階建のビルは会社の持物だが、一階が事務所、
二階と三階が夫婦と子供二人の住居である。画家の父親はべつのと
ころに住んでいる。
 彼女は自転車でやってくる。鼻のあたまがすこし赤い。風邪っぴ
 きなのだろうか。
「おじゃまします」
 独身の男の部屋へ上がりこむのにさしたる遠慮をみせない。夢薙
にいるときのかたくなで依怙地な気負いとは対照的で、無防備な物
腰だ。
「おみやげ」
 炬燵を前にしてすわると、彼女は俳優の男の名を口にしながら紙
袋から額入りの絵をひっぱりだす。鉛筆描きのヌードの絵の複製は、
その俳優の手になるものだという。佐々木はインスタント・コーヒ
ーを掩れて勧めてから炬燵をはさんで汀子と向かいあい、額を手に
とる。額はアルミ製の安直なもので、絵もさほどの出来栄えとは見
えない。
「なるほどねえ」
 彼女の父親が参加しているグループ展の葉書を夢羅の美弥からお
しつけられたが、行っていない。夢羅の客のだれかが観にいったと
いう話もきいていない。電車で一時間もかけて美術館へいくには相
当の関心とヒマと体力とが必要だ。あるいはなにかのついでとか人
を呼びだす口実とかがなくてはなかなか足が向かない。汀子も画家
の父親についてはあれっきりだ。
「子どもがいるから、飾っておけなくて」
 彼女には五年生の男の子と二年生の女の子がいる。
 裸の女が横向きに立って、顔だけをこちらに向けている。少女漫
画みたいに花ばなをあしらって、太腿からあやうい部分は蝶の羽の
模様ふうな線で蔽われている。ちっとも猥褻ではないが、子どもの
目には刺戟的かもしれない。
 神妙な面持で額を両手で持ち、眺めている。礼をいって脇へどけ