だんは昼間でも人通りがすくない。アパートの住人にしても1号館
2号館どちらも独身者が半ばを占め、かみさん連中と小さい子供が
ばらばらといるだけになる。商店は二百メートルばかり離れたとこ
ろに米崖、食料品屋、床屋などがちんまりとかたまっているだけで、
近所で他人が出入りしそうな家といえば、あたりまえの住宅に鍼灸
マッサージの木札を玄関先にぶっつけている家があるぐらいなもの
だ。アパートの場所が目立たないところなのがせめてもの幸いだが、
それでもやはり足しげくお出ましになっては、独身のこちらはとも
かく、家庭持ちの彼女にはいろいろとついてまわる世間というおの
があるのではないか。
「主人には、お友だちと行くって、いってきたの」
がらんとした電車のなかで汀子は他人の耳を気にとめぬ声音でい
う。
「主人、店屋ものがきらいで、きょうはだから三つもお弁当つくっ
ちゃった。子どもたちと、主人と、三つも」
地下鉄をおりてから、映画館への道を迷う。このあたりは初めて
で、汀子がたよりだ。
佐々木はビル掃除のなりをした老婦人に道を尋ねる。片手にちり
とりを持ち、丈のみじかい箒を持った手をふりまわしながら、ここ
をこう行って、それから……と、じぶんの耳が遠いせいか、信号待
ちの人たちがなにごとかとふりむくくらいの大きな声で教えてくれ
る。
白のワンピースに紺の薄手のカーディガンをはおり、質素な服装
ながらきりっとひきしまった汀子は気品がある。電車のなかでのよ
うに遠慮のないおしゃぺりがなければ彼女といるのは心地いい。か
れ自身は二年あまりのサラリーマン生活の名残の背広で風采が上が
らなかったが。
映画館が二軒、軒をならべている。佐々木は一方で上映されてい
るサスペンスものに惹かれ、こっちはどうだろう、ともちかける。
「そうね」いともあっさり賛成する。
前夜、夢羅ではラブ・ストーリーものに彼女は執着している。
「どうしても観たいの」と彼女。
「ふたりで観てきたら」
美弥のひとことで、話がきまる。話がきまったとたん、