「汀子ちゃん、酔ってるんじゃないの」と美弥が水を差しにかかっ
たが、きょうの約束になる。
約束をけさ思いだして、佐々木は、酔っぱらった勢いでうっかり
したことを、と後悔する。仕事が遅弼気味だ。
観たかった映画をあっさりあきらめるので、かえって面喰らう。
「どうしてもというわけじゃないんだけど」
「いい、こっちにしましょ」
「どっちでもいいんです、ほんとうに。そちらの好きなほうで」
「いい、いい。こっちにしましょ」
汀子はさっさとチケット売り場にいく。
「あ、ぼくが」
「いいから。わたしに出させて」
二階の最前列の座席につくと汀子は脱いだカーディガンをたたん
で膝に置き、両手をそこに差し入れ、肩をそれとなくむこうへかし
がせている。佐々木はいつまでもスクリーンにとけこめない。
映画館を出るとスパゲッティの店で昼をすませ、それからいきあ
たりばったりに公園へ入る。
ベンチで汀子は持っていた紙袋から白い毛のふさふさしたものを
とりだす。犬の顔がついた指人形で、彼女は細くて骨っぽい指を入
れると、じゃれるしぐさをさせる。豊満とはいえない彼女の胸に犬
がじゃれつく。
セトモノの犬は押入れに入ったままだ。汀子が部屋へくるたび、
ひっばりだしておけばよかったと悔やむ。彼女は忘れているのか、
飾られていないのをなんともいわない。どこへどうしたとも訊かな
い。かれ自身も悔やむのはそのときだけで、彼女が帰ってしまうと
悔やんだことさえ忘れている。
「そろそろ三時か」
公園の木立のむこうのビルの屋上に時計塔が臨める。
「わたし、時間を気にするのって、きらい」
なにげなしの佐々木のひとりごとを聞きとがめて、汀子は膝の犬
を見つめたまま断言する。彼女は腕時計をしていない。かれにも腕
時計をする習慣がない。
「いや、べつに気にしているわけじゃないんですけど……」
空はどんよりと曇り、ときおり強い風が吹きつけてくる。手入れ
のいきとどいた花壇ぜんたいが花ばなの莟をかかえて重そうにゆれ