る。
「ふってきた」佐々木は腰を浮かす。
後ろの噴水のしぷきだ。なにをそんなにそわそわしているの。皮
肉っぼい声が横からきこえてきそうだ。かれはタバコに火をつけ、
湿っぽい煙を吸う。
汀子がいいだしそうなことを佐々木は気重に待ちかまえている。
彼女はいう。
「あなたにあげたくて、持ってきたの」
「でも、あげてもしょうがないわね」勝手にしょんぼりしている。
「そんなこともないですよ」努めて陽気にこたえる。
汀子の顔がかがやき、せっせと指人形を手からはずして紙袋に入
れ、「はい」と、かすれた声に明るい力をこめて佐々木に袋を持た
せる。
「よかったわね」
「え?」
遠くスクリーンをみつめる目をして彼女は女優の名をいう。スト
ーリーのうえではたいして重要な役どころではない。
「よかったわ、あのひと。わたし大好き」
「それはよかった」
男と女がいちゃいちゃする映画のほうがましだったかな、と佐々
木は内心がっかりしている。
さっきスパゲッティを食べているときには、映画の話は出ていな
い。
「すごいけんまくで飛びこんできたのよ」
美弥はぷりぷりしている。
「十一時ごろだったの。いつまでなにしていやがるんだって。汀子
ちゃんひきずりだして、うちのをそそのかすのはやめてくれ、だっ
て。ほんとにもう頭にきちゃうわ」
店をあけるのがいつもより遅れ、つきだしの煮物をカウンターの
内側のガスコンロで用意しながら美弥は口をとがらせている。
「ほかにお客さんがいるのによ。そそのかすなんて、人聞きがわる
いったらありゃしない。そう思いません?」
「まあね。今夜にでも、謝りにくるんじゃないかい」気安めをいう。